すでに報じられている通り、BUMP OF CHICKENの新曲「ファイター」は、羽海野チカのマンガ「3月のライオン」のテーマソングとして作られた1曲だ。11月28日に発売された「3月のライオン」第10巻の特装版にこの曲を収録したCDが同梱され、同日に配信限定シングルとしてリリース。配信シングルのほうには、羽海野チカが描いた「3月のライオン」のスピンオフ作品「ファイター」を電子書籍として読めるシリアルコードが付属する。

単なるタイアップではない。今までにまったくなかった形で、しかもミュージシャンとマンガ家がお互いの作品に密接に関わり合うことで今回のコラボレーションが実現している。そもそも映像作品である映画やアニメやドラマと違って、連載中のマンガに主題歌が作られること自体、異例なこと。それもすべて、BUMP OF CHICKENと羽海野チカが、お互いの作品を強くリスペクトし合っているからこそ、実現したものだった。

何より楽曲を聴けば、両者の深い結び付きが強く伝わってくる。「3月のライオン」の主人公・桐山零は、幼い頃に事故で家族を失い、プロ棋士として東京の下町に1人で暮らす少年。育った家にも学校にも居場所がなく孤独な心を抱えて育ってきた彼が、将棋という闘いの場所に身を投じながら、川本家の三姉妹や周囲の人々との交流の中で失ったものを少しずつ取り戻していく物語だ。

「ここにいるためだけに 命の全部が叫んでいる」「普通の触れ方を知らないから 戸惑っていたら触れてくれた手に どれだけ夜をくぐり抜けても ずっと冷めないままの熱が 脈を打つ」。そんなふうに歌われる「ファイター」の楽曲の主人公にも、桐山零の姿が自然と重なり合う。そして、彼らのことをずっと追ってきたファンなら感じる人も多いと思うが、そこには藤原基央という人自身の姿も透けて見える。

普段は臆病で引っ込み思案で、器用に世の中を渡っていくようなタイプではない。かといって、誰かを揶揄したり皮肉ったりするような斜に構えた部分もない。奥底にはまっすぐな真摯さと、巨大な才能がある。そういう類の人が持つ、とても強い情熱が形になっている。

サウンドは「虹を待つ人」や「ray」で開拓したエレクトロニックなシーケンスを中心にしたもの。シンセとギターの広がりあるフレーズから始まり、途中から入ってくるベースがアップテンポに楽曲を引っ張っていく。駆り立てるようなリズム、ダイナミックな展開を見せる曲調も、すべてはエモーショナルな歌を盛り立てるものだろう。

「CUT」誌に掲載された藤原基央と羽海野チカの対談によると、藤原基央は曲を作るにあたって、マンガの世界観に寄せるのではなく、徹頭徹尾自分自身のことを描いたという。そして羽海野チカもスピンオフ作品に描いた話は自分の体験だったという。敬愛しあう両者が、それぞれの心の奥深くにあるマグマのようなものを形にしたコラボレーションになっているのだ。

文 / 柴那典